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​和風怪談

                        「髪」




 これは、私が小学生の時の話だ。
 今でも忘れられない夢がある。

 それは春でも夏でもない、とても過ごしやすい日。
 私は自分の部屋で、一人寝ていた。

 どのくらい寝ていたのかは分からない。
 ただ、ふと目を覚ました時、家はしんと静まり返っていたので夜中だったと思う。
 どうして目を覚ましたのか。
 それは、何かの気配を感じたから。

 何かは分からない。
 ただ、私の足元の辺りに、何かがいるような気配がしたのだ。
 もちろん、それが何なのかは分からない。
 分からないのだけれど、絶対に何かがいるのだ。

 何だろうと思いながらも、私は足元を見ないように寝返りを打った。
 はずだった。

 その瞬間、一気に不安が押し寄せた。
 足元に何かいる。
 でも身体が動かない。
 それは金縛りで、私は今、足元の何かの格好の餌食だ。

 どうしよう。
 ふと、そんなことが頭に浮かんだ。
 よく考えて見なくても分かるはずなのだが、その時の私にはどうしようもできない。
 身体は動かないし、声も出ない。
 視線を動かしてみようにも、目が開いているのかも分からない。

 そんな状況の中、ふいに足元の何かが動いた気がした。

 ぞぞ、という音がしたのかと思った。
 しかし実際にはそんな音はしていない。
 真っ暗な部屋の中で、妙な気配を感じ取った私が金縛りに怯えながらも掴み取った、ただの勘違いだ。

 しかし、私の勘違いだと言うにはいささか問題があった。
 何とかして早くこの時間が終わってくれないかと。
​ 金縛りにあっている中でも精いっぱいもがいていた私の足元に、何かが触れた。
 気がした。

 その感触はまるで芝生を歩いているようで、しかし異様に硬かった。
 芝生ならばもっと触り心地がいいだろうし、それに安心するはずだ。

 なおかつここは、庭やどこかの公園ではない。
 自分の部屋のベッドで横になっている私に、芝生の感触など感じられるはずがないのだ。

 では、何の感触だというのか。
 私は何とかして足元の気配を探ろうとした。
 懸命に頭を動かしながら、首を持ち上げようとする。
 最初は上手くいかなかったが、ある瞬間に首が動いた。
 そしてそのままの勢いで、私は足元を確認する。

 しかしぱっと視線を動かしたものの、足元には何も見えない。
 拍子抜けな事態に、私はぽかんとしてしまった。
 確かに感じたあの感触は、やっぱり気のせいだったようだ。

 金縛りだって、ただ疲れていただけなのだろう。
 どこでだったか、そう聞いたことがある。

 そう自分に言い聞かせた私は、再び枕に頭を乗せて目を閉じた。
 またうとうとし始めたことで先程のことが夢だったと安心していた私は、その直後に感じた感覚に再び身体が強張る。
 今度は金縛りなどではなく、緊張によって動けなくなってしまったのだ。

 足元に、また何かいる。
 それは先程よりも気配を濃くし、こちらを見ているようにも思えた。
 確かめようにも、私は緊張で動けない。
 視線を巡らせることもできずに、ただパニックになりながらもじっとしていることしかできないのだ。

 そして次の瞬間、また私の足にぞわりとまた何かが触れた。
 それは先程感じた感触と同じで、芝生にしてはやや硬い無数の何かだ。
 しかし今度はそれだけでなく、その感触は足首まで這い上がってきた。

 足首からふくらはぎ、ふくらはぎから膝へと、段々と這い上がってくる感触。
 あまりにもおぞましいその感触に、私は咄嗟に首をもたげて足元を見た。
 するとそこには、うねうねと這いまわりながら段々とこちらに伸びてくる無数の髪の毛があった。

 私は瞬時に息を飲んだ。
 もちろん布団を跳ね上げて、今すぐにベッドから出ようと行動したのだが。
 当然のように身体は動かなかった。
 これは緊張のせいなのか、金縛りのせいなのか。
 今でも分からない。

 しかしはっきり分かるのは、そうしている間にも髪の毛はずるずると這い上がっているということ。

 声を出したくても出ない、逃げたくても動けない。
 そんな状況で、私はじっと足元に視線を向けていた。

 髪の毛以外に何もない、ただずるずると這い上がってくるだけのものをじっと見ているうちに。
 私ははっと意識を取り戻した。

 何を言っているか分からないと思う。
 実際、今になっても私自身よく分かっていない。
 ただあの気持ちの悪い髪の毛が、太もも辺りまで迫ってきていたことだけは覚えているのだ。

 そして私が汗だくになりながら、早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと息を荒くしていることを段々と理解していった。
 がばっと身体を起こして起き上がると、足元には何もない。

 髪の毛はおろか、何かがいたような気配もない。
 そこにはただいつもの見慣れた光景が広がっているだけで、特に変わったことはないのだ。

 私はしばらく荒い息をしたまま、ただただじっとしていた。
 子供のよくある妄想かもしれないが、まだあの髪の毛がベッド下で蠢ている気がしてならなかったのだ。
 少しでもベッドから足を出してしまえば、瞬く間にベッドの下に引きずり込まれるんじゃないかと疑心暗鬼になってしまった。

 結局私はそのまま布団に潜り込み、夜が明けるのを待つことにした。
 しかし案の定ではあるが、その後はすっかり寝こけてしまっていつもの目覚ましの音に起こされたのだった。





 

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